続・真(ま)フランスの日常

フランスの時事、フランス生活の実態、エコライフ、日本を想う日々・・・                                    (ココログで綴っていた「真(ま)フランスの日常」 http://mafrance.cocolog-nifty.com/ の後継ブログです) 反核・反戦!

「宗教は大麻より危険!」 by アリミ裁判・デモ参加者

(また後手後手ですが、以下の内容は、ちょうど次男を出産して間もなくして起きた事件の司法の判断に関する話で、私自身知らないことが沢山あり、忘備録のつもりで書きました。)
 

4年前の2017年4月4日早朝4時、パリ11区でサラ・アリミSarah Halimiという65歳のユダヤ人女性(元医師)が、コビリ・トラオレKobili Traoréという27歳のマリ出身ムスリム男性に殺害されるという事件が起きました。

トラオレ Traoréは、同じ階の住人のアパートのベランダを伝って隣人のアリミHalimi宅に侵入。

就寝中だったアリミHalimiを「Sheitan(アラビア語で「悪魔」の意)」と罵りながら殴る蹴るの暴行を加えた後、ベランダまで引きずり出し、4階から投げ落とし死亡させました。

その一部始終を複数の近所の住人が目撃しており、トラオレTraoréが「Allah akbar(神は偉大だ)」と複数回叫んだり、コーランの章句を唱えたり、隣人を投げ落とした後に「J'ai tué le sheitan.(悪魔を殺した)」と叫んだことが明らかになっています。


2021年4月14日、そんなフランス中を震撼させた犯罪に対して、破棄院(最高裁判所)が不起訴を承認。裁判の本審が幻となりました。

その理由は、被告が大麻を多量に摂取して精神錯乱状態にあったため刑事責任能力を欠いていた、と判断されたから。

これを受けて、フランス全国で抗議の声が上がり、コロナ禍でロックダウン中にも関わらず、4月25日、パリで2万人、地方でも合計5000人のデモが行われました。


この破棄決定には、ユダヤ人でなくとも疑問視してしまう、いや、するべき問題点が二つあります。

まずは、犯行の原因を大麻だとしていることについてですが、犯行後にトラオレTraoréを担当した先進医学の専門家の一人、Paul Bensussanは、今回の事件における、Kobili Traoréと大麻の関係について以下のような事実を挙げて、犯行の直接の原因は大麻ではないとしています。

https://www.bfmtv.com/replay-emissions/week-end-direct/affaire-sarah-halimi-un-des-experts-psychiatriques-s-explique-25-04_VN-202104250301.html

  • 犯行直後のTHC(大麻の主要化学物質)の血中濃度は微量だった。
  • Kobili Traoréが大麻を始めたのは10代後半で、犯行当日までの15年間、日常的に摂取していた。その間一度も精神錯乱状態になったことはない
  • フランスにおける大麻摂取率は、40~50%が「一度は吸ったことがある」、30%が「時々吸う」、10%が「日常的に吸う」となっており、Kobili Traoréはその10%に含まれるが、大麻の作用がこのような殺人に繋がることは限りなく稀であり、実際にKobili Traoréも、当時、鎮静作用を得るために吸っていた。
  • 犯行後の事情聴取で、犯行の詳細を事細かに自供しており、自分のしたことを認識している。
  • Kobili Traoréは、暴行・窃盗・薬物所持及びに密売など21件の前科があるが、過去には一度も精神錯乱状態にあるとされたことはない。


本来なら、大麻を所持したり摂取することは、一つの犯罪として成り立つものです。

実際、2018年2月13日の予審では、「薬物の大量摂取は、判断力を欠くものと捉えられたり、情状酌量の余地を与えてはならない。」とされていたのが、同年4月に「判断力を欠いていた」と、判定が一転、そのまま不起訴に繋がってしまいました。

https://www.causeur.fr/affaire-sarah-halimi-ou-les-errements-de-la-justice-francaise-192504


殺人が大麻で片付けられたことに対して、各界からも批判の声が上がり、テレビやラジオの司会者として有名なArthurというフランス人が「フランスでは薬物を摂取していれば罪に問われないらしいので、私も薬物を始めることに決めました。」と皮肉たっぷりの動画を上げたり、マクロン大統領までもが「薬物を摂取して狂ったように見せたら刑事責任能力はないとされる、などということはあってはならない。一刻も早い法の改正を望む。」と、異例のコメントを出しました。

https://www.dailymotion.com/video/x80qmtf?syndication=273844

https://www.bfmtv.com/police-justice/tout-comprendre-affaire-sarah-halimi-pourquoi-emmanuel-macron-veut-il-changer-la-loi_AN-202104190328.html


今月末には、刑事上の責任について定められたフランスの刑法122条1項*1の改正案が提出されることになっているようですが、二度とこのような“真実の歪曲”が起きないよう、曖昧な表現を省いた適切な変更が求められています。


もう一つ、不起訴によって有耶無耶にされたのが、この事件に備わる「反ユダヤ主義」です。

長い議論の末、一度は法廷で認められた「反ユダヤ主義」の側面ですが、そもそもが、犯行に及んだKobili Traoréと犠牲者のSarah Halimiは、数年来の顔見知りだったと言われています。

Sarah Halimiの弟・William Attalは、姉から「トラオレとすれ違うと“Sale Juive(クソユダヤ人)”と罵られる」と聞かされていたと証言しています。

万が一弟の証言が偽りだったとしても、トラオレTraoréがユダヤ人を標的にし、「Allah akbar(神は偉大だ)」と何度も叫び、「J'ai tué le sheitan.(悪魔を殺した)」と、犠牲者を「悪魔」呼ばわりしたのは紛れもない事実です。
 
それは、イスラム教の経典コーランにある、ユダヤ教徒を始めとする他教徒を敵視する文面を彷彿させるもので、例えKobili Traoréが結果的に無罪になったとしても、裁判で争われるべきことでした。


今回の不起訴は、破棄院(最高裁)が決めたことで、この先何かが覆ることはありません。

とはいえ、フランスでは、4月14日の不起訴決定以来、各地でデモが起こり、関連記事が絶えず、議論が収まる気配もありません。

そんな中、フランスEELV(エコロジスト)の幹事長を務めるJulien Bayouは、「ユダヤ人たちの動揺はわかる。でも“狂った人は裁かない”ことになっている。司法は報復の場ではない。」と言って、ブーイングを買いました。

ヨーロッパで最もユダヤ人が多いと言われているフランスでは、この事件に限らず、ユダヤ人墓地に鉤十字の落書きをしたり、あからさまにユダヤ人に向かって暴言を吐くなどの、反ユダヤ主義の傾向は年々深刻になっています。にも関わらず、ユダヤ人が犠牲になると、上記のエコロジストのように、大した理由もつけず犠牲者を見離そうとする人が現れたり、無関心を貫く風潮が社会に起こったりするのです。

https://ovninavi.com/%e5%8f%8d%e3%83%a6%e3%83%80%e3%83%a4%e4%b8%bb%e7%be%a9%e3%81%ae%e9%a2%a8%e6%bd%ae%e3%81%8c%e3%83%95%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b9%e3%81%a7%e9%ab%98%e3%81%be%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%84%e3%82%8b%ef%bc%9f/
 

2015年1月7日、シャルリー・エブドの会議室でテロが起きた2日後、ユダヤ系スーパーでも、別のテロリストによるテロが発生し、4人が犠牲になりました。

でも、そのテロはシャルリ―・エブドのテロの影に隠れ、隠れたことを疑問視する声が上がることもなく、ほとんど誰にも同情されないまま今日に至ります。

https://mafrance.hatenablog.com/entry/2016/01/09/190323

フランスには、イスラム教徒を始めとする人種や信仰の差別は存在します。一方で、ユダヤ人に対する差別は、もっと深刻な形で存在します。

司法にまで「反ユダヤ主義」が浸透しているとは思いたくないですが、今回の事件そのものや一連の報道やコメントに、「反ユダヤ主義」ひいては「イスラム擁護」の傾向が垣間見られるのは明らかです。


 

4月28日付のシャルリ―エブドは、表紙に関連風刺画を載せ、2ページ目に関連記事と抗議デモの風刺画ルポルタージュを掲載しました。

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「反ユダヤ主義は、刑罰の対象から除外されるべきか?」

デモ参加者の声やプラカードの内容が興味深いです ↓

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「トラオレは、サラフィスト(過激主義の一つ)のモスクに足しげく通っていた。犯行の前日には5度も足を運び、夜の10時まで留まっていた。なぜ?」 William Attal(犠牲者の弟)

≪大麻はユダヤ人の健康を害する(=フランスのタバコの注意書きをもじったもの)≫ プラカードの一文

≪大麻=違法、殺人=違法、大麻+殺人=合法≫ プラカードの一文

「次の犠牲者は、無神論者かキリスト教徒のおばあちゃんかもしれません。宗教は大麻より危険です!」 デモ参加者

「たとえトラオレが“狂っている”という判決が下されても、裁判は行われるべきでした。」 デモ参加者

「次の“Sheitan(悪魔)”は誰でしょう?短すぎるスカートを履いた女の子?神父?イマーム?」 デモ主催者

「前科20件に被害届30件!殺人犯の過去はまるでなかったことにされました。」 デモ参加者



*1:「犯罪行為に及ぶ際、判断力や抑止力を欠くような精神的及び神経精神的な障害を抱えている者の刑事上の責任は問わない。」Il n'est pas pénalement responsable la personne qui était atteinte, au moment des faits, d'un trouble psychique ou neuropsychique ayant aboli son discernement ou le contrôle de ses actes.