続・真(ま)フランスの日常

フランスの時事、フランス生活の実態、エコライフ、日本を想う日々・・・                                    (ココログで綴っていた「真(ま)フランスの日常」 http://mafrance.cocolog-nifty.com/ の後継ブログです) 反核・反戦!

ヒジャブを脱いだママ

現在息子が通う幼稚園には、ヒジャブを被って子供の送り迎えをするママが5〜6人います。

 

 

髪の毛一本たりとも見せずに耳も首もしっかり覆って、文字通り顔しか見えない場合もあれば、頭部にターバンのように巻いているだけで首が露わになっていたり、前髪の一部が見える場合もあったりして、被り方は様々。

 

 

数件前のブログ記事でもらった、「ヒジャブは自由の象徴なんだ」という趣旨のコメントを“立証”するかのように、色も柄も形も被り方も三者三様なのです。

 

 

ところがある日、その中のママの一人がヒジャブを被らずに子供を迎えにきた!、という話をそのママとすれ違った旦那さんから聞きました。

 

 

「被らないことにしたんだ!」

 

 

と希望をもったのも束の間、その後すれ違った時には元のヒジャブ姿に戻っていました。

 

 

 

そのママはモロッコ系ですが、以前から他のヒジャブを被ったママたちとは一線を画する行動が目に付いていました。

 

 

他のママがアラビア語で話しかけてもフランス語しか話さなかったり、他の保護者と男女関係なく話したり、ヒジャブの被り方も日によってかなり適当だったり・・・

 

 

そもそもが、イスラム教徒の女性は一般的に人当たりがよく、四六時中ふて腐れているフランス人女性に比べて挨拶のし甲斐があるというのが私の経験則ですが、そのママは挨拶はもちろんのこと、こちらから話しかければ物怖じすることなく会話に乗ってくるし、彼女から話しかけてくることも多々ありました。

 

 

一度、園の郊外学習の付き添いで一緒になったときには、「表現の自由」について話したことまであります。

 

 

だから、旦那さんから「○○のママがヒジャブを被ってなかった!」と聞いたときは、驚いたものの意外性を感じることはなく、一つの成り行きとして受け止めました。

 

 

 

それが、彼女に思うところがあったのか、周囲に咎められたのか、ヒジャブ姿に戻ってから数週間が経過。

 

 

「あれは幻覚だったのか!?」と旦那さんに思わせるほど何事もなかったかのような日々が続いていたのですが・・・

 

 

先々週の月曜日、私自身がついに、ヒジャブを被っていないそのママとすれ違ったのです!

 

 

話には聞いていたものの、実際に目にすると言葉を失うもので、いつも通りに挨拶するので精一杯。

 

 

何も言えなかった分、心の中は大きな感動に満ちていました。

 

 

 

 

ただし、一度は被りなおしたことのあるママのこと、それが一度きりになる可能性もありました。

 

 

火曜日・・・水曜日・・・木曜日・・・金曜日・・・「今日も被っていない」、「また今日も」と、約2週間がたった今日まで、旦那さんと私のどちらかが毎日(週末以外)必ず彼女とすれ違ってきましたが・・・

 

 

 

ヒジャブ姿の彼女は一度も見かけていません!

 

 

 

その代わりに、地毛なのかヘアカラーなのか、とてもきれいな黄味がかった茶色の髪を靡(なび)かせる彼女がいるのです。

 

 

 

 

更に・・・

 

 

 

先々週の木曜日には、もっと信じられないことが起きました。

 

 

夕方行われた、息子の幼稚園のお遊戯会でのこと。

 

 

 

旦那さんの隣に座っていた保護者のおばあちゃんが突然・・・それまで被っていたヒジャブを脱いだのです!

 

 

正確には、脱いだ瞬間を見たのではなく、ふと横をみたらヒジャブを被っていなくてびっくり仰天。椅子から転げ落ちそうになったのでした。

 

 

おばあちゃんとはいつも送り迎えの時間にすれ違っていて、ヒジャブは毎回、きっちりと被っている人でした。

 

 

ただし、彼女の娘か嫁にあたる女性(つまりは園児の母親)は、ヒジャブを被っていません。

 

 

 

彼女たちはトルコ系で、おばあちゃんも母親もフランス語が不完全なところを見ると、フランスで生まれ育ったのではないことは確かですが、母親がもともとヒジャブを被っていなかったのか、フランスに来てから脱いだのかは不明です。

 

ただ、トルコは今でこそ大統領のエルドアンがイスラーム回帰を思わせる言動を繰り返していますが、かれこれ90年近くライシテ(政教分離)を掲げている国です。だから、ほとんどの国民がイスラム教徒という国にあって、「生まれてこのかたヒジャブを被ったことがない」というトルコ人女性は、特にイスタンブールなどの大都会では稀ではありません。

 

だから、母親はヒジャブを被らないまま、そしておばあちゃんは被ってフランスに入国したとしても何ら不思議なことではないのです。

 

とはいえ、65歳前後のそのおばあちゃんが、トルコでもフランスに来てからもずっとヒジャブを被り続けてきたのは疑いようのない事実であって、彼女がヒジャブを脱いだのを見たときの衝撃は半端ではありませんでした。

 

それに加えてヒジャブを脱いだおばあちゃんが孫娘二人とまったく同じ「おかっぱ頭」で、これまた別の衝撃があり、びっくりさせられるやら微笑ましいやら(笑)

 

 

 

 

・・・という、私にとって、いや息子の幼稚園の保護者や教職員にとって衝撃的な一週間だったのですが、こういう話をすると、「なんだ、フランス社会の圧力に負けただけじゃないか。」と思う人がいるかもしれません。

 

 

 

でも、私はそうは思いません。

 

 

冒頭で、息子の幼稚園ですれ違うヒジャブを被ったママの数は5〜6人と言いましたが、実はイスラム教徒のママはその倍近くいます。

 

 

これは息子の幼稚園に限ったことではなく、フランスでは、イスラム教徒の女性が必ずしもヒジャブを被っているとは限らないのです。

 

 

被っていないママたちが、もともと被っていなかったのか、それともフランスに来てから脱いだのか、その辺の詳しい事情は一人一人に聞いてみないとわかりません。

 

 

でも、政治や社会が被ることを強制しないフランスで生活するうちに、被る必要性を感じなくなってヒジャブを脱ぐ女性は少なくないと思うのです。

 

 

1970年代、イランでは、女性たちが「ヒジャブを被らない権利」を求めて、命がけで立ち上がりました。にもかかわらず、未だ女性たちには被るか被らないかの選択肢は与えられていません。

 

 

↓ ヒジャブなしの写真をSNSに投稿して亡命を余儀なくされたイラン女優(日本語)

 

http://www.fragmentsmag.com/2015/11/instagram-sadaf-taherian/

 

↓ ヒジャブなしの写真掲載ブロガー8人逮捕(日本語)

 

http://jp.sputniknews.com/life/20160517/2147961.html

 

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016051600791&g=int

 

↓ イラン:ベールを脱いで自由に生きたい。女性たちの30年分の思い

 

https://jp.globalvoices.org/2012/11/15/17952/

 

 

 

 

前述したライシテを掲げるトルコや、北アフリカで唯一の民主国家と言われているチュニジアでも、イスラム教国家におけるライシテの導入には大きな矛盾が伴い、被らないことの強制が行き過ぎたり、強い信仰心を持つ人がライシテに反発するなど葛藤があるようです。

 

(トルコ ↓)

 

http://www.neo-pro.jp/makoto/shinbun/honbun/00181.html

 

(チュニジア ↓)

 

http://www.diplo.jp/articles15/1507-1tunisiennes.html

 

<同国(チュニジア)では二つの社会モデルが水面下で、時には大きな音を立てて衝突してきた。一つは世俗主義的な社会モデルで、チュニスやその北部の近郊都市で優勢を保っている。もう一つは伝統的かつ宗教的な考えに基づく社会モデルだ。>(※ リンク先より抜粋)

 

 

 

 

フランスにおけるライシテも国内外(特に国外)で問題視されるようになって久しいですが、これもライシテに問題があるのではなく、イスラム教徒が増えていることで、ライシテとイスラームが水と油のように反発しあって問題が生じているというのが本当のところ。

 

 

やっとの思いで作り上げたライシテをフランスが守ろうとするのは当たり前のことだと思いますが、そう思わない人がイスラームを擁護してフランスがイスラム教徒を苛めているようなイメージが一人歩きしているのは納得がいきません。

 

 

イスラム教を世界規模で見てみると、イスラームの教義、特にヒジャブ(スカーフ)に関しては論争が絶えず、ムスリム女性の中にも疑問を持ったり迷ったり苦しんでいる人がいるのが実態です。

 

 

今回ヒジャブを脱いだママも、そしておばあちゃんも、祖国でも脱ぎたいと思っていたのに脱げず、それを可能にするフランスで決断したということは十分に有り得ます。

 

 

たとえそうでなくても、?本家のライシテを目の当たりにしながら、?イスラム教の原点に帰ろうとする人間が無実の命を奪い続けることに嫌気がさしてヒジャブを脱いだ場合、そのどこに“フランスの非”があるというのでしょう。

 

 
一人目のママがヒジャブを脱いだのはアメリカのオーランドでテロがあった直後、トルコ系のおばあちゃんがヒジャブを脱いだのは、パリの郊外で警官夫婦が自宅で殺害された数日後でした。

 

 

この「ヒジャブを脱ぐ」という、フランスにとってはテロとは両極端にある「同化」を象徴する行為がメディアで報じられることはありません。

 

 

まるで「同化」が悪いことであるような扱いです。

 

 

ヒジャブを被っている女性の主張や擁護論が報道されるなら、フランスに同化することを選んだムスリム女性(もしくはムスリム女性)たちの存在ももっと知られるべきだと思うのです。